電気工事業を長年営んできた創業社長から、「将来は長男に会社を引き継がせたい」というご相談をいただきました。

会社には安定した受注基盤があり、仕事そのものに大きな不安はありませんでした。しかし、後継者となる長男はそれまで異業種で仕事をしており、電気工事会社の経営経験はありません。

創業社長自身も、

「今の会社のまま息子に渡して、本当に経営できるだろうか」

という不安を感じていました。

そこで当事務所では、単に株式や代表権を引き継ぐだけではなく、「後継者が経営しやすい会社に変えてから承継する」ことを目的として支援を始めました。


ご相談のきっかけ

最初のご相談は、長男への事業承継でした。

創業社長が築いてきた会社を、将来は長男に引き継ぎたい。しかし、長男は異業種から会社に入るため、現場の仕事や社内の人間関係、会社独自の業務の進め方を十分に知りません。

会社を承継すること自体は、株式や代表者変更などの手続を進めれば可能です。

しかし、それだけでは本当の意味での事業承継にはなりません。

「社長になった翌日から、何を見て、何を判断し、社員をどう動かすのか」

そこまで準備できて初めて、後継者が会社を経営できるようになります。


相談者の状況

会社は電気工事業として長年の実績があり、既存取引先からの受注も比較的安定していました。

売上を確保する力は十分にありましたが、一方で社内には典型的な「創業社長型の会社」の特徴が残っていました。

創業社長は長年の経験と勘、人間関係によって会社を動かしていました。そのため、社員の仕事の進め方や現場の業務について、組織として管理する仕組みが十分に整っていませんでした。

誰がどのように仕事を進めているのか。

どこに無駄な作業があるのか。

社員同士でどの程度情報共有ができているのか。

現場でどのような問題が起きているのか。

こうしたことを経営者が十分に把握できていない状態でした。


表面的な相談は「長男への事業承継」

表面的なテーマは、長男への事業承継です。

しかし、当事務所が重要だと考えたのは、会社を誰に渡すかではありませんでした。

「後継者が実際に経営できる会社になっているか」

という点です。

創業者であれば、多少仕組みがなくても長年の経験で会社を動かすことができます。

しかし、異業種から入る後継者にはそれができません。

そこで事業承継の準備と並行して、会社の日常業務そのものを詳しく確認することにしました。


本当の問題は、社長から見えないところにあった

定期的に会社の運営状況を聞き取り、現場の仕事の流れを確認していくと、少しずつ会社の利益を奪っている業務の非効率や管理上の問題が見えてきました。

その一つが、資材倉庫の場所でした。

資材倉庫は会社から車で10分以上離れた場所にあり、社員は工事のたびに資材を取りに行き、使い残した場合には再び倉庫に戻していました。

一回あたりはわずかな時間でも、それを毎日、複数の社員が繰り返せば、年間では相当な時間になります。

その間も人件費は発生し、車両費や燃料費もかかります。

本来なら現場作業に使えたはずの時間が、単なる資材の移動に消えていました。

さらに、後になってもっと深刻な問題も分かりました。

工事現場に持っていった銅線などの資材は、余った場合には倉庫へ戻すことが会社のルールでした。

ところが、一部の社員が残った電線を業者へ売却し、その代金を私的な飲食などに使っていたことが判明しました。

もちろん、その行為自体は認められるものではありません。

しかし、当事務所では「社員だけの問題」とは考えませんでした。

金銭的価値の高い在庫を、経営者の目が届きにくい離れた場所に保管し、入出庫を十分に管理できていなかった。

会社側の管理の仕組みにも問題があったからです。

人を疑うことが管理ではありません。

不正や間違いが起きにくい仕組みをつくることが経営管理です。


事務所の環境そのものにも問題があった

事務所内にも、会社のコミュニケーションを妨げる問題がありました。

社員が自分の机の周囲に簡易的な囲いのようなものを設け、自分だけの仕事空間をつくっていました。

一見すると小さな問題に見えます。

しかし実際には、社員同士の会話や情報共有を妨げ、仕事を個人の中だけで完結させる原因になっていました。

そこで当事務所では、単なる模様替えではなく、

「事務所改装をきっかけに、働き方そのものを変えましょう」

と提案しました。

机、事務機器、パソコンなども含めて配置や環境を見直し、社員同士が自然に顔を合わせ、声を掛け、情報共有しやすい空間へ変えていきました。

「もっとコミュニケーションを取りなさい」と指示するのではなく、コミュニケーションが生まれやすい環境そのものをつくることを重視しました。

その結果、事務所内の雰囲気と社員同士の情報共有は大きく変わりました。


無記名アンケートで、社員が初めて本音を出した

こうした改善と並行して、社員全員を対象に無記名の社員アンケートを実施しました。

経営者が社員に直接、

「会社に問題はないか」

と聞いても、本音はなかなか出てきません。

特に長年会社を経営してきた創業社長に対して、社員が面と向かって問題点を指摘するのは簡単ではありません。

「昔からこうだから」

「言っても変わらない」

「社長に言うと角が立つ」

そう考えて、問題に気づいていても黙っている社員は少なくありません。

そこで無記名のアンケートという方法を取りました。

すると社員から、これまで創業社長に直接言えなかった業務の非効率、現場の問題、情報共有の不足、改善してほしい点など、多くの意見が出てきました。

興味深かったのは、単なる不満ばかりではなかったことです。

社員は毎日現場で仕事をしているからこそ、

「ここを変えればもっと早くできる」

「この作業は無駄ではないか」

「こうすれば現場同士の連絡が良くなる」

といった具体的な改善案を数多く持っていました。

会社の中には、表に出ていなかった改善の種が数多く眠っていたのです。


社員自身が業務改善会議を始めた

アンケート結果を社員に共有すると、会社に大きな変化が起きました。

経営者や当事務所が、一つひとつ改善事項を指示したわけではありません。

社員自身が、

「それなら、自分たちで改善していこう」

と動き始めました。

後継者となる長男も加わり、社員による業務改善会議が始まりました。

資材の管理方法。

現場への移動。

仕事の進め方。

事務所内の情報共有。

社内ルール。

これまで「会社が決めること」と思われていた問題を、社員自身が自分たちの問題として考え、一つずつ改善するようになりました。

これは、業務改善という意味だけでなく、事業承継という意味でも非常に大きな変化でした。


結果――後継者が「会社で何が起きているか」を理解できるようになった

最大の成果は、後継者が社員と一緒に改善活動に参加したことです。

異業種から入った後継者にとって、いきなり電気工事会社のすべてを理解することはできません。

しかし、社員と一緒に、

「なぜこの仕事はこうなっているのか」

「どこに無駄があるのか」

「どうすればもっと良くなるのか」

を考えることで、会社の実態を理解できるようになりました。

同時に社員側も、新しい後継者が何を考え、どのような会社にしたいのかを知る機会になりました。

こうして会社は、

「創業社長から指示される会社」から、「後継者と社員が一緒に考える会社」へ

少しずつ変わっていきました。


その後――事業承継とは、株を渡すことだけではない

この事例で改めて感じたのは、事業承継の本当の準備は、株式や税金だけの話ではないということです。

創業社長は、自分自身の経験、人間関係、勘によって会社を動かすことができます。

しかし、その「見えない経営」をそのまま次の世代へ渡すことはできません。

後継者が経営できるようにするためには、

  • 会社の問題が見えること
  • 社員の声が経営者に届くこと
  • 社員同士が情報共有できること
  • 問題が起きたときに社員自身が改善できること
  • 後継者が会社の実態を把握できること

こうした「経営の仕組み」をつくってから会社を渡すことが重要です。

今回、無記名の社員アンケートは、そのための一つのきっかけでした。

大切なのは、アンケートを実施すること自体ではありません。

社員が安心して本音を出し、その声を経営者が受け止め、さらに社員自身が改善に参加するところまで進めることです。

事業承継は、「次の社長を決めること」で終わりではありません。

次の社長が経営できる会社を、今の社長のうちにつくっておく。

それもまた、創業者が後継者に残せる大切な財産だと考えています。


事業承継や社内の仕組みづくりでお悩みではありませんか

「子どもに会社を継がせたいが、今の会社のままで大丈夫だろうか」

「社員が何を考えているのか分からない」

「後継者に会社を渡す前に、社内の問題を整理しておきたい」

事業承継では、株式や税金だけでなく、後継者が実際に経営できる会社をつくることも重要です。