借入金のある賃貸マンションを長男へどう引き継ぐか――建物の段階的な贈与から始めた相続対策

この事例のポイント
相続対策は、財産を一度に動かすことではありません。含み益への課税や借入金の負担を避けながら、将来の利益を生む資産を、どの順番で次世代へ移すかを考えることが出発点です。
相談のきっかけ
お父様は、金融機関からの借入れを利用して数多くの賃貸マンションを所有し、主に学生向けに貸し出していました。
将来は長男に事業と資産を引き継がせたいという思いはありましたが、物件数が多く、借入金も残っています。「何から始めればよいのか」「不動産と借入金をそのまま長男へ移してよいのか」が決まらず、ご相談となりました。
相談者の状況
学生向けを中心とした複数の賃貸マンション
金融機関からの借入れを活用
長男に賃貸事業と資産を承継したい
表面的な相談
ご相談は、「対象となる2物件を長男へ譲渡できないか」というものでした。
しかし、時価で売却する場合には、長男側に多額の購入資金が必要です。贈与する場合にも、物件全体を一度に移せば贈与税の負担が大きくなります。また、借入金を長男が引き受ける方法は、収益だけでなく大きな返済負担と金利変動リスクまで移すことになります。
本当の問題
本当の問題は、単に「誰の名義にするか」ではありませんでした。
- 長男へ将来の家賃収入を早めに移すこと
- 含み益のある資産を動かすことで生じる課税を抑えること
- 長男へ過大な借入金や返済負担を背負わせないこと
- 父の相続財産が今後さらに増えることを抑えること
- 一度に結論を出さず、資金繰りと金融機関との関係を確認しながら進めること
つまり、資産・収益・借入金を一体のものと考えず、それぞれを分けて承継の順番を設計する必要がありました。
相続・相続税対策の基本原則
- 含み益のある資産の名義変更等による課税をできるだけ避ける
- 将来の利益を生むものを、早い段階で低いコストにより親から子へ移す
提案・判断
検討の結果、対象2物件について、土地・建物・借入金のすべてを長男へ移す方法は採らず、収益を生む建物を先に移す方法を基本案としました。
基本となる承継案
- 借入金は長男に引き継がせず、父側で期日前返済と担保抹消の可否を検討する
- 長男には建物を贈与し、以後の家賃収入を長男へ移す
- 土地は父の所有のままとし、親子間で使用貸借契約を整える
- 建物と入居者から預かる保証金等の承継は、一度に行わず、2年程度に分けることを検討する
建物の贈与価額は、賃貸状況や権利関係を反映した相続税評価を基礎に検討できます。そのため、土地・建物を時価で一括売買する場合と比べ、長男の初期負担を抑えながら家賃収入を早期に移せる可能性があります。
また、贈与では、原則として父の取得価額や取得時期が長男へ引き継がれます。したがって、贈与後の減価償却や、将来その建物を譲渡するときの譲渡所得計算まで含めて比較することが重要です。
実際に行うこと
この案件は、対策が完了した事例ではありません。まず、次の確認と準備から着手することを提案しました。
- 対象物件の選定
収益性、残存借入金、担保設定、修繕予定、入居状況を物件ごとに整理する。 - 建物の評価と税負担の試算
固定資産税評価額、賃貸割合、敷金・保証金等の返還債務を確認し、贈与税その他の負担を年度別に試算する。 - 借入金と担保の確認
金融機関との契約、繰上返済条件、抵当権抹消の可否を確認する。 - 父の資金繰りの検証
家賃収入を長男へ移した後も、父が借入金返済、生活費、納税資金を賄えるかを確認する。 - 契約関係の整備
建物贈与契約、土地の使用貸借契約、賃貸借契約上の賃貸人変更、保証金等の承継方法を整理する。 - 長男の運営体制づくり
入居者対応、修繕、管理会社との契約、収支管理、所得税申告を長男が担える状態をつくる。
現時点で得られた結果
まだ贈与や借入金返済は完了していません。しかし、「不動産をすべて一度に長男へ移すか、何もしないか」という二者択一ではなく、収益を生む建物から段階的に移すという具体的な選択肢が見えるようになりました。
さらに、相続税だけでなく、父の資金繰り、長男の負担、金利上昇、賃貸経営の継続まで一体で検討すべきことが明確になりました。これは、相続対策のゴールではなく、承継を動かし始めるためのスタートです。
その後に確認し続けること
借入金を父に残したまま家賃収入を長男へ移すと、父の返済原資が不足するおそれがあります。そのため、現預金を残す場合であっても、金利変動リスクを踏まえ、返済できる借入金は早期返済を検討します。
また、税制、通達、物件の評価、金融機関との契約条件、保証金等の取扱いは実行時点で改めて確認します。当時の制度と事実関係を前提とした提案が、その後もそのまま最適とは限りません。定期的に相続税額と資金繰りを再計算し、実行する物件と時期を見直していくことが必要です。
この事例から学べること
賃貸不動産の承継では、土地・建物・借入金・家賃収入を一括して動かす必要はありません。「誰に財産を渡すか」だけでなく、「将来の利益を、いつ、どの負担で渡すか」を設計することが、相続対策の第一歩になります。
賃貸不動産の承継は、実行する順番で結果が変わります
不動産の評価、借入金、担保、家賃収入、将来の修繕費は、家庭ごと・物件ごとに異なります。名義を変更する前に、相続税と資金繰りの両方を確認することが大切です。
※本事例は、当時の制度および個別の事実関係に基づく提案内容を、個人が特定されないよう再構成したものです。税制や評価方法は変更されることがあり、保証金等の債務を伴う贈与は取扱いが異なる場合があります。実行時には最新の制度と契約関係を個別に確認する必要があります。

