社員への事業承継|「のれん分け」という選択肢と税務上の注意点

「会社を継いでほしい社員はいる。しかし、その社員に自社株を買う資金がない。」 従業員への事業承継では、こうした問題が少なくありません。
事業承継は、必ずしも「会社の株式をそのまま渡す」必要はありません。
事業・顧客・技術・屋号・ノウハウなど、次の世代に本当に残したいものを切り分けて承継する方法があります。
その一つが、昔から行われてきた「のれん分け」という考え方です。 長年会社を支えてきた社員や職人に、事業の一部や顧客、技術、屋号などを引き継ぎ、 独立した経営者として事業を続けてもらう方法です。
ただし、「のれんだから税金はかからない」と単純に考えることはできません。 営業権には相続税・贈与税上の評価方法が定められており、 不動産や設備などの資産を一緒に移す場合には、それぞれの税務上の検討も必要です。
- 従業員承継では、自社株の取得資金が大きな壁になることがある
- 「会社そのもの」ではなく「事業」を引き継ぐ方法もある
- のれん(営業権)は税務上の評価対象になり得る
- 不動産・設備・在庫・契約などを一緒に移す場合は個別の検討が必要
- 重要なのは、後継者が無理なく事業を続けられる形を設計すること
社員への事業承継で、なぜ「お金」が壁になるのか
会社の業績が良く、長年利益を積み上げてきた会社ほど、自社株の評価額が高くなることがあります。 後継者候補の社員が優秀でも、その株式を個人で買い取れるとは限りません。
また、株式を無償または著しく低い価額で移す場合には、贈与税等の問題も検討する必要があります。 「継いでほしい社員がいる」という人の問題と、 「どのように経営権や事業を移すか」という財産・税務の問題は分けて整理する必要があります。
「のれん分け」とは何を引き継ぐ方法なのか
のれん分けという言葉からは、屋号を使わせてもらって独立する姿を思い浮かべるかもしれません。 実務では、引き継ぐ対象をもっと広く考える必要があります。
つまり、会社という箱をそのまま渡さなくても、 将来の売上と利益を生むために必要な経営基盤を切り出して次の経営者へつなぐことができます。
のれん(営業権)は税務上どう考えるのか
「形のないものだから課税されない」とは限りません。 営業権は、相続税・贈与税上、経済的価値のある財産として評価対象になる場合があります。
国税庁の財産評価基本通達では、営業権について、 過去の平均利益などを基礎として「超過利益」を求め、一定の方法で評価する仕組みが定められています。
一方、実際の評価額は、事業の収益力や資産構成などによって異なります。 また、その事業者個人の技術・手腕等に強く依存し、事業者の死亡とともに消滅するような営業権については、 評価しない取扱いもあります。
したがって、「のれん分けなら税負担は必ずない」と決めつけず、 実際に移すものと事業の収益力を確認して判断することが安全です。
不動産や設備を一緒に渡す場合は別に考える
のれん分けで注意したいのは、屋号やノウハウだけでなく、 店舗、土地、建物、機械、車両、在庫なども一緒に移す場合です。
これらはそれぞれ独立した財産です。 無償で譲るのか、有償で売却するのか、貸し付けるのかによって税務上の扱いも変わります。
株式、営業権、不動産、設備、顧客、社員、技術。全部を一緒に渡す必要はありません。
のれん分けが有効になりやすいケース
会社そのものを買うのではなく、必要な事業基盤だけを引き継ぐ方法を検討します。
部門・店舗・顧客群などを整理し、承継単位を検討できます。
雇用関係から経営者へ移る意思と能力があるかを確認します。
過去に蓄積した財産と、未来の事業に必要な経営基盤を分けて考えます。
「のれん分け」を成功させるための5つの確認事項
- 後継者本人に経営意思があるか
- どの顧客・技術・屋号・契約を引き継ぐか
- 不動産や設備を譲渡・賃貸・使用貸借のどれにするか
- 従業員・取引先・金融機関への説明をどうするか
- 税務・契約・資金面を事前に確認したか
まとめ|継ぐべきものは「株式」だけではない
社員への事業承継では、自社株を渡すことだけが答えではありません。 本当に残したいのが、顧客、技術、社員、信用、ノウハウ、屋号であるなら、 それらを次の経営者へ引き継ぐ方法を考えることができます。
のれん分けは、そのための有力な選択肢の一つです。 ただし、営業権やその他の資産には税務上の評価・課税関係が生じる可能性があるため、 実行前に承継対象を具体的に整理することが重要です。
「会社を誰に渡すか」ではなく、「この事業の何を未来に残すか」。
そこから考えると、事業承継の選択肢は大きく広がります。


