遺言書は書けば終わりではない――公正証書遺言で確認される「本人の意思」とは

「相続でもめないように、遺言書を作っておこう」
そう考える方は以前より増えています。
実際、遺言書は相続対策として非常に有効です。 自宅を誰に残すのか、預金をどう分けるのか、事業を営んでいる場合には自社株式を誰に引き継がせるのか。
あらかじめ自分の考えを明らかにしておくことで、 相続人同士の話し合いが難航するリスクを減らすことができます。
しかし、実際の遺言作成の現場では、 もう一つ非常に重要な問題があります。
それは、
「この遺言は、本当に本人の意思なのか」
ということです。
遺言書は、内容さえきちんと作れば終わり、というものではありません。
むしろ最後に問われるのは、 遺言者本人がその内容を理解し、自分自身の意思として決めているかどうかなのです。
子どもが遺言書作成を勧めることは珍しくない
高齢の親を持つ子どもから、
「父に遺言書を作っておいてもらいたい」
「母が元気なうちに相続のことを整理しておきたい」
という相談を受けることは少なくありません。
特に、不動産が多い家庭、自社株式を所有している経営者、 子どもごとに財産の残し方を変えたい家庭などでは、 遺言書の必要性は高くなります。
そこで家族が集まり、
- 自宅は長男に残す
- 預金は兄弟で分ける
- 会社の株式は後継者に引き継がせる
といったことを話し合い、 専門家と相談しながら遺言書の原案を作っていきます。
ここまでは、ごく普通の流れです。
しかし、注意しなければならないことがあります。
家族が一生懸命準備するほど、いつの間にか、
「本人の遺言」ではなく「家族が考えた遺言」
になってしまうことがあるのです。
「息子に言われたので作りました」という一言
公正証書遺言を作成するときには、 公証人が遺言者本人に内容や意思を確認します。
そこで、
「この遺言は、あなたご自身の意思ですね」
と確認されたとします。
もし遺言者が、
「息子に言われたので作りました」
と答えたらどうでしょうか。
本人としては、
「息子が心配してくれたから、遺言を作ることにした」
という程度の意味で答えているのかもしれません。
ところが公証人の立場から見れば、
- 息子から強く求められているのではないか
- 本人は本当に内容を理解しているのか
- 本人自身がこの財産の分け方を望んでいるのか
という疑問が生じます。
遺言は、家族の希望を書くためのものではありません。
本人の財産について、 本人がどのように残したいのかを示すものです。
そのため、本人の意思に疑問が生じれば、 公証人が慎重になるのは当然のことです。
遺言能力だけの問題ではありません
遺言については「遺言能力」という言葉がよく使われます。
高齢になると、
「認知症になったら遺言書を作れないのではないか」
と心配される方も多くいらっしゃいます。
もちろん、遺言者が内容を理解し、 自分の意思で判断できる状態であることは重要です。
しかし、実務ではそれだけではありません。
たとえ判断能力に大きな問題がなくても、
「誰かに言われたから、そのまま作った」
という状態では、後々問題になる可能性があります。
特に相続が発生した後、
- 父は兄に言われて遺言を書かされた
- 母は本当はそんな財産の分け方を望んでいなかった
- 遺言を書いたとき、内容を理解していなかったのではないか
といった主張が出てくることがあります。
本来、相続争いを防ぐために作った遺言書が、 逆に家族間の対立の原因になってしまっては本末転倒です。
だからこそ、遺言を作る段階で、 本人の意思を丁寧に確認しておくことが重要なのです。
「何と答えればよいか」を教えることが解決ではない
公証人から質問されたときに困らないように、
「こう聞かれたら、こう答えてください」
と教えておけばよいのでしょうか。
これは本質的な解決ではありません。
重要なのは、模範回答を覚えることではありません。
本人自身が、
- なぜ遺言を作るのか
- なぜこの人にこの財産を残したいのか
- なぜこの財産の分け方にしたのか
- 自分の財産を将来どうしてほしいのか
を自分の言葉で説明できることです。
そのため、遺言書の原案が完成した段階で、 一度本人に確認してみるとよいでしょう。
たとえば、
「なぜこの遺言を作ろうと思ったのですか」
「なぜ自宅は長男に残すのですか」
「ほかのお子さんには、どのように財産を残したいと考えていますか」
と聞いてみます。
本人が自分の言葉で説明できれば、 その遺言は本人の意思としてしっかり整理されていると考えられます。
逆に、
「息子がそう言ったから」
「先生がそう書いたから」
「よく分からないけれど、これでいいと言われた」
という状態であれば、 一度立ち止まって考える必要があります。
本人の言葉で書いてみる
私たちが実務で有効だと考えている方法の一つに、 本人自身に考えを書いてもらうという方法があります。
難しい文章である必要はありません。
たとえば、
- 長男には会社を継いでもらうので、自社株式を残したい
- 妻がこれからも安心して生活できるよう、自宅は妻に残したい
- 長女には以前住宅取得の援助をしたので、そのことも考えて財産を分けたい
といったことを、 本人自身の言葉で書いてみます。
文章にすることで、
「自分は本当はどうしたいのか」
を本人自身が確認することができます。
そして、その考えが本人の中で整理されていれば、 公証人から質問されたときにも、 自然に自分の言葉で説明できるようになります。
実際に、公証役場で一度手続きが止まった事例
当事務所でも、 遺言書の原案を綿密に準備したにもかかわらず、 公証役場で本人の意思確認の段階で 公正証書遺言の作成が一度見送られた事例がありました。
遺言者本人が公証人から意思確認を受けた際、 何気なく、
「今日一緒に来ている息子に言われて作りました」
と答えたことがきっかけでした。
そこで、その日の手続きを無理に進めるのではなく、 改めて本人自身に、
- なぜ遺言を作るのか
- なぜこの財産の分け方にしたのか
- この内容は本当に自分の意思なのか
を考えてもらいました。
さらに、もし公証人から同じような質問をされたら、 自分はどのように説明するのかを、 本人自身の言葉で文章にしてもらいました。
そのうえで再度公証役場を訪れたところ、 今度は本人が自分の考えを自分の言葉で説明することができ、 公正証書遺言を作成することができました。
この事例については、解決事例として詳しくご紹介しています。
▶ 遺言書の内容だけでは足りない。公証役場で「本人の意思」を確認し直した事例
この出来事は、 遺言書を作るうえで非常に大切なことを教えてくれました。
遺言書の文章が完成していても、 それだけで遺言の準備が終わったわけではありません。
最後には、
「これは自分が考えて決めた内容です」
と本人が言える状態になっていることが重要なのです。
遺言書は「財産の分け方」だけを決めるものではない
遺言書というと、多くの方は、
「誰に何を残すか」
という財産分配の書類だと考えます。
もちろん、それは遺言書の重要な役割です。
しかし、本来は、
「自分は、なぜこのように財産を残したいのか」
という意思を形にするものでもあります。
特に相続人ごとに異なる財産の分け方をする場合には、 その理由を本人自身が整理しておくことが大切です。
同じ金額を分けることが、 必ずしもその家族にとって公平とは限りません。
たとえば、
- 会社を引き継ぐ子ども
- 親と同居して自宅を守る子ども
- 長年親の介護を担ってきた子ども
- すでに生前に大きな援助を受けている子ども
など、家族ごとに事情は異なります。
だからこそ、単に税金や法律だけで決めるのではなく、
「自分は家族に何を残したいのか」
を考えることが必要なのです。
子ども側にも大切なことがあります
親に遺言書を作ってもらいたいと考える子どもの側にも、 大切なことがあります。
「このように書いてほしい」
と結論を先に示すのではなく、
「お父さんは、将来この家をどうしたいと思っているの」
「会社は誰に引き継いでほしいと思っているの」
「お母さんは、子どもたちにどのように財産を残したいの」
と、本人の考えを聞くことから始めることです。
家族が良かれと思って準備を進めた結果、 本人が十分に考えないまま遺言書だけが完成してしまうことがあります。
それでは、本当に本人の意思を残したことにはなりません。
専門家の役割も「文章を作ること」だけではありません
遺言作成の支援というと、 法律上問題のない文章を作ることや、 相続税を計算することが中心だと思われがちです。
もちろん、
- 財産の整理
- 相続税の試算
- 遺留分への配慮
- 不動産や自社株式の評価
- 相続後の納税資金の確認
などは重要です。
しかし、実際の現場ではそれだけでは足りません。
家族関係や事業承継の状況も踏まえながら、
本人が自分の意思を確認できる状態をつくること
も、専門家の大切な役割の一つだと考えています。
遺言書は書けば終わりではない
遺言書は、一度作ればそれですべて終わりというものでもありません。
その後、
- 財産の内容が変わる
- 不動産を売却する
- 家族関係が変化する
- 事業承継の方針が変わる
- 相続税制が変わる
こともあります。
そのため、必要に応じて内容を見直すことも大切です。
そして、いつの時点でも最も重要なのは、
「これは自分が考えて決めた遺言です」
と本人自身が言えることです。
遺言書の完成とは、 単に文章が完成することではありません。
本人の考えが整理され、 その意思がきちんと形になっていること。
そこまでできて初めて、 家族にとって意味のある遺言書になるのではないでしょうか。
遺言や相続について、何から始めればよいか分からない方へ
遺言を作った方がよいのか。
どのように財産を分ければよいのか。
相続税はいくらかかるのか。
家族にどう話を切り出したらよいのか。
こうしたことがまだ整理できていない段階でも構いません。
三尾会計事務所では、 財産や税金だけを見るのではなく、 ご本人のお考え、ご家族の状況、相続後の生活や事業承継まで含めて整理しながら、 将来の相続を一緒に考えていきます。


