固定費を削減できない会社は、なぜ再生できないのか――数字の奥にある『経営者のしがらみ』

企業再生の現場では、「固定費を削減しなければならない」という言葉が必ずと言ってよいほど出てきます。
ところが、固定費の一覧表を作り、削減候補を並べただけでは、実際の支出はなかなか減りません。特に象徴的なのが、役員報酬です。
資金繰りが厳しく、金融機関への返済にも窮している。それでも経営者が「役員報酬だけは下げられない」と言い張ることがあります。外から見れば、会社を守るために真っ先に見直すべき支出に見えます。しかし、本人にとっては簡単に下げられない事情が隠れていることがあります。
企業再生で本当に問われるのは、「何を削減するか」だけではありません。
「なぜ削減できないのか」まで立ち入らなければ、固定費は下がらず、再生計画も動き始めません。
固定費を放置すると、限界利益が食い尽くされる
会社は、売上が増えればその全額が利益になるわけではありません。売上から材料費、外注費、仕入代金などの変動費を差し引いたものが限界利益です。この限界利益から、人件費、家賃、リース料、役員報酬などの固定費を支払います。
したがって、固定費が限界利益を上回っている状態では、会社は売上を上げても資金を失い続けます。多少の売上増加では追いつかず、毎月の赤字を借入金で埋めることになります。
再生局面で「もっと売上を増やそう」と社員を叱咤する会社があります。しかし、売上が回復するまでには時間がかかります。新商品を開発し、顧客を開拓し、受注して、納品し、入金されるまで、通常は何か月も必要です。その間も固定費の支払いは待ってくれません。
だからこそ、経営者の決断ですぐに着手できる固定費削減は、企業再生の初動として避けて通れないのです。
役員報酬を下げられない「本当の理由」
役員報酬を引き下げられない理由を尋ねると、「生活があるから」「これ以上は無理だから」という答えが返ってくることがあります。しかし、それだけでは問題の核心に届きません。
例えば、経営者が個人財産を形成するために借入れをしており、役員報酬から毎月その返済をしている場合があります。収益物件の購入、自宅の取得、保険料の支払いなど、会社の外に固定的な支出を抱えているため、報酬を下げると個人の資金繰りが回らなくなるのです。
この場合、会社の役員報酬だけを見て「高いから下げましょう」と言っても、経営者は応じません。個人の借入金、所有財産、毎月の返済額、生活費まで確認し、資産の売却、借入条件の見直し、生活費の削減なども含めて解決策を考える必要があります。
企業再生は、会社の試算表だけを眺めていても進まないことがあります。会社と経営者個人の資金の流れを一体として捉えることが必要なのです。
家賃を下げられない背景に、親族関係がある
家賃も、削減が進みにくい固定費の一つです。使っていない倉庫、広すぎる事務所、採算の取れない店舗であれば、解約や移転を検討するのが合理的です。
ところが、その不動産が経営者の親族から借りている物件である場合、話は単純ではありません。会社が支払う家賃が、親族の生活費や借入金返済の原資になっていることがあるからです。
「会社の再生のために退去する」と決めれば、親族の収入が減り、家族関係にも影響します。そのため、採算上は不要だと分かっていても、経営者が解約を決断できません。
しかし、会社が倒産すれば、家賃収入そのものが途絶えます。守ろうとしている関係を、結果としてすべて失うおそれがあります。賃料の一時減額、支払い猶予、不要部分の返還、第三者への転貸など、親族にも会社の実情を説明したうえで、現実的な着地点を探る必要があります。
固定費の削減は、社員では決められない
仕入れ方法の改善や作業時間の短縮には、社員の協力が欠かせません。一方、役員報酬、親族への家賃、役員車、役員保険、顧問契約など、固定費の多くは経営者の権限で決められています。
社員は、それらが重荷になっていると感じていても、口に出せません。経営者自身の支出や親族関係に関わる問題であれば、なおさらです。
つまり、固定費削減の障害は、社員の意識不足ではなく、経営者が抱える過去の判断、人間関係、生活設計、そして「自分だけは変えたくない」という気持ちにある場合が多いのです。
固定費の削減が進まない会社を、実際にどう立て直したのか
企業再生の解決事例を見る象徴的な再生事例が示した「しがらみを断つ決断」
かつて国内の大手自動車メーカーが深刻な経営危機に陥った際、その再生では、長年維持されてきた取引関係や系列、過剰な設備、採算の合わない事業などに大きく踏み込みました。
個々の取引には、それまでの歴史があり、守りたい関係がありました。それでも、従来の関係をすべて温存したままでは会社そのものが存続できないという現実を示し、経営者の責任で整理を進めました。
この事例から学ぶべきことは、単に大胆なコストカットをすればよいということではありません。誰も触れられなかった領域に経営者が責任をもって踏み込み、会社が生き残るための優先順位を明確にしたことです。
再生には、取り組むべき順序がある
大きな借入金を抱えた会社が正常な状態へ戻るには、金融機関や取引先の支援を求める前に、まず自社でできることをやり切らなければなりません。
- 経営者の決断で固定費を一気に見直す
役員報酬、家賃、保険、車両、拠点、顧問料などを聖域なく確認します。 - 限界利益率を改善する
仕入価格、外注費、材料ロス、値決めを見直し、一件の売上から残る利益を増やします。 - 社員とともに生産性を高める
作業工程、配置、段取り、在庫、時間の使い方を改善します。 - 売れる商品・製品・サービスをつくる
顧客が本当に必要としているものを見極め、販売までの流れをつくります。
この順序を逆にしてはいけません。経営者が自分の報酬や関係先への支出を温存したまま、社員にだけ賃金や経費の削減を求めれば、社員の協力は得られません。
債務免除の前に、毎月お金が残る会社へ
金融機関との交渉では、返済猶予、返済条件の変更、場合によっては債権放棄や債務免除が検討されることもあります。しかし、債務を減らせば再生できるとは限りません。
本業が毎月赤字のままであれば、債務を減らしても再び資金不足になります。再生の土台は、固定費を適正な水準まで下げ、限界利益率と生産性を改善し、営業活動から毎月キャッシュフローが生まれる会社に変えることです。
その事実を数字で示して初めて、金融機関も「この会社は支援すれば再生できる」と判断できます。取引先にも協力を求めやすくなります。
固定費削減とは、単なる節約ではありません。
経営者が自らのしがらみと向き合い、会社を残すために何を優先するのかを決める仕事です。
数字の奥にある事情まで、一緒に整理します
役員報酬を下げられない。親族への家賃を止められない。長年の取引先を切り替えられない。その一つひとつには理由があります。
その理由を否定するのではなく、会社と経営者個人の資金繰り、家族関係、借入金、保有資産まで整理し、会社を存続させるための解決策に置き換えていくことが企業再生には必要です。
早い段階であれば、選べる手段は多く残っています。資金が尽きてからではなく、「このままでは返済が難しくなる」と感じた時点でご相談ください。
同じような悩みを、三尾会計事務所がどのように解決したかをご覧いただけます。


